「問うこと」を通じて、自らを相対化する
〜「人と人プラットフォーム」キックオフイベント・『Well Fed』上映会開催レポート〜
2023年11月26日(日)西原育英文化事業団(以下、NCF)は、NCFの新たなプロジェクト「さまざまな環境問題研究のための人と人をつなぐプラットフォーム」(以下「人と人プラットフォーム」)キックオフイベントとしてオンライン上映会を開催しました。
「人と人プラットフォーム」とは、人と人がつながることができる “場づくり” をWeb上で行う、NCFの新しい試みです(これまでNCFが毎年夏に開催してきた対面イベント・サマーキャンプのような場をイメージしています)。
人と人プラットフォームで実現したいのは、そこに集まる人々が、様々な環境問題研究に携わる人と繋がり、自身の研究・仕事に何らかのヒントや助言を与え合うことです。
上映会では、ドキュメンタリー映画『Well fed』を鑑賞し、映画のテーマである「ゲノムの編集」や「遺伝子組み換え食品」とこれに関わる様々なイシューについて議論しました。
※映画『Well fed』の視聴はこちらから
『Well fed』は2017年オランダ・Wageningen大学の報道賞受賞作です。今回ゲストとして『Well fed』制作者Karsten de Vreugd氏(監督)、Hidde Boersma氏(科学ジャーナリスト・研究者)をお招きしました。
※下の画像は、当日の投影スライド。上映会の後には、NCFが新たに始動するプロジェクトの概要説明を行いました。
また、当財団OB・京都大学准教授の木下政人氏にもテーマの解説を依頼しました。ゲノムの編集に関する研究、活用に携わる立場から解説いただくことで、参加者のこのテーマへの理解がより深まると考えたためです。
※下の画像は、当日投影したスライドの一つ。時差もあるため、オランダ在住のKarstenと Hiddeには、準備も含めると朝8時台からのご参加となりました。
学問的な融合を意識 NCFの枠組みを超えて参加者を募集
NCFは、環境分野の研究や教育に従事する方へのファンディングを行なってきました。
西原育英文化事業団とは
https://www.nishihara-cf.org/greeting
これまでの奨学生(OBG奨学生)には工学・農学・経済学等を学問的なバックグラウンドとする方が多くを占めてきましたが、今回OBGを含む奨学生コミュニティの、学問的な意味での広がりやシナジーを意識し、助成等で繋がりのあるUTCP(東京大学教養学部附属共生のための国際哲学研究センター)にも積極的にお声がけをしました。
この結果、UTCPの方々、そしてUTCP以外の方にも本イベントにご関心をお寄せいただけ、参加いただきました。参加者の2割を哲学・現象学を研究する方が占めるという、NCFイベントとしては新しい編成となりました。
東京大学共生のための国際哲学研究センター(UTCP)とは
上映会の冒頭、NCF代表理事・西原が挨拶を行い、イベントの趣旨を次のように述べました。
「そもそも今回の上映会を思いついたきっかけは、2022年京都で行われた上映会です。木下先生(京都大学准教授)と本日上映する映画『Well fed』を通じてゲノム編集や遺伝子組み換え食品について考えるイベントに参加した時に、ゲノム編集や遺伝子組み換え食品の問題が、様々な環境問題に通底すると感じました。
したがって、理工系・技術系の問題としてだけでなく、人文系の問題としてもこの問題を捉えてゆくべきだと考え、本日の上映会を企画しました。ゲノム編集や遺伝子組み換えに対して、賛成でも、反対でもない(中立的な)立場から、議論の種をみなさんに提供できたら嬉しいです。」
続いて、マイクは映画『Well Fed』制作者の2名へ。Karstenと Hiddeがオランダから講演を行い、映画を通じて伝えたいこと、本日の参加者に対して伝えたいことを語りました。
その後、映画上映にうつる前に『Well Fed』のテーマ・映画で登場する用語に関するレクチャーを挟みました。スピーカーは、⿂類ゲノム編集を専門とする研究者・木下政人氏(京都⼤学⼤学院農学研究科 准教授)です。
木下氏より、ゲノムの編集に関わる基本的な概念・用語の解説、現在私たちの食卓に並ぶまでに、ゲノム編集技術を用いた食品がどのようなプロセスを経て安全性に関する審査がされているか等について、レクチャーをしていただきました。
最後に木下氏は「従来の方法で、新種の作物ができたが、何かが今までと変わっている。しかし、誰もこれについて議論しない。これらのことを考えながら、映画『Well Fed』を鑑賞していただければ」と参加者にメッセージを送りました。
一つのテーマを様々な専門から掘り下げる
続いて、ドキュメンタリー映画『Well Fed』の上映へ移ります。映画の語り手は主に2人です。一人は、遺伝子組み換え作物に「否定的なイメージを抱く」オランダ人のカーステン(Karsten de Vreugd)。もう一人は、遺伝子組み換え作物の「利点」を説く、同じくオランダ人の科学ジャーナリスト・ヒッデ(Hidde Boersma)です。映画では、この2人を中心として、遺伝子組み換え作物に関する議論が展開されました。
作品は1時間に満たないですが、この間に語り手はオランダ・アムステルダム〜遺伝子組み換え作物が活用されている現場・バングラデシュ国内の複数の地域まで、世界の様々な国と地域を巡り、ゲノム編集に関連する様々な問いに直面します。
この技術が、どのようなインパクトを人々(農業従事者 / NPO / 行政官等)の生活にもたらされているか。人々の主張の根底にあるのはどのような価値観なのか。人々が遺伝子組み換え作物をどのように捉えているかーーー。
「問い」を通じ、前提の齟齬・価値観の相克を可視化
映画を観た後は、ディスカッションの時間です。
映画を通じて感じたこと、沸いた疑問を、今度は参加者の側から、Karsten・Hidde・木下氏に対して問いかけます。
「害虫」の死は手放しに喜んで良いものか。収穫が増えることは本来のゴールなのかーーー。参加者からの質問によって、「良いこと」という前提で語られがちな様々な事柄の是非が改めて問われました。
「自然」=何も変えないこと、変わらないことということと捉えられがちですが、参加者からは「ゲノム編集自体も、自然に起きるものであり、特に新しいものではないのではないか」との見解が述べられる場面もありました。映画の製作者らはこれに同意しつつ「人間が自然の種を奪うことも自然な誤謬(natural fallacy)なのである。」と補足しました。
次に議論のキーワードは「安全」と「リスク」へ。参加者からは「安全という言葉って意味が多様。その人それぞれにとって違う。安全とは何かというその定義を深掘りしていかないと、議論が平行線になるのではないか。」との指摘が。安全をいかに定義し担保するべきか。新たなテクノロジーの利用が可能となった際、様々な国や主体による基準が立てられる中で、どのような基準で何を信用するべきかが問われました。これに対し、「安心と安全という2つの概念がある。安全は科学的に証明できるが安心はそうでない。では、安全かつ安心である状態をどのように担保するか。科学的な知識や人々の考えを、知識として持つことが必要だと思う。これらを皆んなで共有できれば安心ができていく。」と答える場面があり、最後に科学的知識の提供と知識に基づく人々の議論の双方の重要性が説かれました。
NCFはこれから「人と人プラットフォーム」を通じて、誰かとつながり議論し、自分が持っている視点・考え方を相対化することに繋げていきたいと考えています。