ナノメートル単位の「見えない世界」を探求する 室内空気質研究の世界

西村直也さん

芝浦工業大学   建築学部建築学科

「他人がやろうとしていたら止めていたと思います」研究者になる道を選んだ決断をこのように振り返るのは、第31回西原特別奨学金奨学生(環境工学、衛生工学、設備工学等の専攻専門をもつ学生を対象とした奨学金。現行の西原・環境奨学金の前身)の西村直也教授(芝浦工業大学建築学部建築学科)。

 

建物内部の空気質を専門とする西村教授は、東京工業大学工学部建築学科・東京工業大学大学院総合理工学研究科をご卒業された後に、一度大手民間企業へ就職。その後改めて研究者というキャリアを選ばれました。

 

そんな西村教授に、現在の研究内容・それを選ばれた理由、そして一度民間企業で働かれた経験が、現在の研究にどのように影響しているのかなどを尋ねながら、これまでのキャリアを振り返っていただきました。

現在どのような研究をされているのでしょうか。
建物の中の「空気質(IndoorAirQuality)」に関する研究を行なっています。わかりやすく言えば、室内の空気の良し悪し。これを専用の測定器で測定するようなイメージです。
それはホコリとかの数をはかるような感じでしょうか?

平たくいえばそうですね。専門の言葉では「浮遊粒子状物資」と言います。いわゆるチリ・ホコリなどの中でもだいぶサイズの小さいものです。それを測定するためには「パーティクルカウンター」と呼ばれる専用の機器を用います。僕が専門とするのは10ナノメートルほどの大きさの物質。これは1mの1000分の1の、そのまた1000分の1の1000分の1のサイズです。こう言った物質を認識し、空気中でどのように動くのかをシミュレーションしたりします。

 

ちなみにチリやホコリって、部屋の中にどれくらいあると思いますか?例えば10立方センチメートルの空間あたりに。

20-30個くらいでしょうか?

およそ 10万個です。

 

映画館とかで映写機から出た光の中で、埃がキラキラと光っているところ見たことありませんか?あれはチンダール現象と呼ばれる現象で、空気中の物質が光を散乱させるために起きることで。僕たちが空気中の物質を測定するときは、その「光の数」をもとに数えています。

 

部屋の中には高性能のフィルターなどが用いられながら、ホコリのような物質が入らないように、その数は極力減らされています。したがって物質が「ほぼ(フィルターから)出てこない」という状況までは達成できます。でも、もし(フィルターから)出てきた場合に、そのホコリがどこへ流れていくのか?そういうところまで把握しようとするのが僕の研究です。

そこまで徹底して空気をきれいにするのって、一体何のためなんでしょうか?

PM2.5やホルムアルデヒドのような物質に代表されるように、私たちの健康に関わる物質もありますので、ごく小さなサイズの物質も把握する必要があります。またそれだけでなく、例えば精密機器や医療品の製造工場などでは、今お話ししたようなものすごく細かいレベルで外からのゴミを認知し、侵入しないようにしなければ、製品の品質を損ないかねません。

なるほど。細かいものを作るときには、細かいホコリにも注意しないといけない。

そうですね。精密機器というと、例えばスマートフォンなんかが挙げられますが、例えばこの中に(スマートフォンを指差して)入っているチップの配線。どれくらいの太さだと思います?

うーん、0.1mmとかでしょうか?

もっともっと細いです。0.13 マイクロメートルくらいなんです。だから配線のチェックを顕微鏡、それも電子顕微鏡で行う必要がある。そんな作業をしている環境の中では、ホコリ1個が落ちるだけでもそれは大変なダメージを受けるわけです。だから空気をギリギリまで綺麗にする必要があるというわけです。

ギリギリ、というのはどれくらい?

例えるなら太平洋にサバ1匹がいるという割合にまでは、空気中の粒子の量を減らせるようになっています。ゼロにはできない、というかゼロであるという証明をするのもこれまた難しいのですけれど。

なるほど。続いて少し話を前に戻して。西村さんが元々空気質の分野を選ばれたのは、どういった経緯・理由があるのでしょうか?

元々今の領域での研究を志望していたわけでなくて。ジャンケンで負けたようなもんなんですよ。

東京工業大学で建築学科に入ってくる人って、最初はデザイナーになりたい人が多いのですが、課題をやっているうちにデザインの才能の有無がわかってくる。そうだ、音楽家モーツアルトの生涯を描いた映画『アマデウス』ご存知ですか?

いえ…。すみません、今度見てみます。

あの映画には天才型のモーツアルトと、努力型の宮廷音楽師・サリエリが登場し、対照的な存在として描かれています。そして最後サリエリはモーツアルトの才能に嫉妬して毒殺したという疑惑まで出てくる。

 

そのサリエリでもないですけれど、僕は東工大の建築学科にいた当時、周囲に才能のある人がたくさんいて。デザインで食べていけるわずかな枠には入れないだろうなと感じた頃があった。そんな頃に研究室を選ぶことになって。一応デザイン系の研究室を志望したのですが、クジで負けて。全然関係のない建築環境の研究室に入った。それが室内環境の研究をするという今の道につながっているというわけです。

 

そのとき僕は「どうせデザインの才能がないなら、こっちの世界で頑張るぞ」と

気持ちを切り替えて頑張った。すると先生にも評価されるようになって。という感じですね。

それから東工大の大学院まで出て、一回大林組に就職して4年勤められていますが、そこからはどのような理由で大学に戻られたというか、研究者というキャリアを選ばれたのでしょうか?

直感的なものなのですが、決めたタイミングははっきり覚えています。大林組に勤めていた時一度測定器を借りるついでに大林組の技術研究所の社食でランチを食べたことがあったんです。

 

そのときに集まったのが、当時大林組の技術研究所の社員だった人で僕が所属していた研究室にドクター論文を書きにきていた人と、僕が所属していた研究室の出身でドクターをとって大林組に入った人。その人は普段は本社の勤務なので、本当にそのときたまたま技術研究所に来ていた感じです。それからもう1人は僕が所属していた研究室の、修士の学生さん。当時大林組と共同で研究か何かをしていたため、たまたま居合わせたという感じです。要するにみんな「なんだ結局同門じゃないの」っていう話で。そのランチで何を話したかなんて、あまり覚えていないですし、大した話はしていないと思います。ただそれをやっているときに、「ああ、僕のいる世界はこっちだな」と感じたんです。

 

おそらくみなさんどこにいても、何かしらしっくりこない感じって多かれ少なかれあると思いますが、そのときの僕はしっくりこないという感覚がなくて。雰囲気といいますか、直感的に感じるものがあって、再び大学で研究をする決意をしました。もしかしたらあの時の4人が集まらなかったら、まだ会社にいたかもしれません。

それにしても辞めるのはなかなかの勇気だったのではないですか。

そうですね、他の人がやっていたら止めていたかもしれません。

民間企業に4年間勤務されていますが、そのときの経験って現在の教授としてのキャリアにどのように影響していますか。

教授というキャリアは教育的側面と研究的側面の2つがありますが、教育的側面でいうと、大学で授業をしている時にすごく実務的なことを教えられるようになったと思います。どんな分野でもある程度そうなのかもしれませんが、教科書に書いてあることと実務ってだいぶ違うことがあるでしょう。そう言った部分については、当時の経験が授業に反映されているような気がいたしますね。

 

それから研究的側面については、例えば論文の中に記載されている数値の意味や感覚が直感的にわかるようなことがありますね。「これは現実を無視しているな」「これはそうもいかないな」とか。

 

そもそも空気質という研究分野は、かなり抽象的で。空気中の物質の浮遊に影響する「風」も、目には見えないわけです。それでも「このような条件の元では風はこう吹くだろう」とか、シュミレーションをしながら理解しないといけない。目に見えないものをなんとか理解する必要があるので、そう言った場面では経験や直感が役立つわけです。

ありがとうございます。それでは最後に今後の展望について聞かせてください。

研究ってどんどん先へと発達していくけれど、結構取りこぼしがあったりするんです。今では原則、基準的なものとなっていることが意外にも「とりあえずこうだよね」という仮定に過ぎなかったりするので、間違っている可能性もあるわけです。

 

こういう研究者の中で当たり前とされていることを疑ってみる。疑うというわけですから、周りからは嫌がられるかもしれないですが、それでも当たり前をもう一度見直してみるという姿勢は大切にしながら、自分の気の向くままに研究を続けていきたいと思います。