⼈知越えた領域に舵を切る

⿂類ゲノム編集のフロントランナー

⽊下政⼈さん

京都⼤学大学院農学研究科助教(発⽣⼯学・⿂類遺伝⼦ ⼯学)

第 22 回(1987 年)奨学⽣の京都⼤学大学院農学研究科助教(発⽣⼯学・⿂類遺伝⼦ ⼯学)の⽊下政⼈さんです。⿂類のゲノム編集の専⾨家で、最近ではテレビ等への登場も増えている⽊下先⽣。お顔をご覧になったことのある⽅も少なくない かもしれません。そんな⽊下先⽣に、まずは基本的な問い "「ゲノム編集」って なんなの?”というところから聞いてみました。
 
 
ゲノム編集って、なんなの?
⽊下さん(下記、敬称略):2010年頃から新たにはじまったゲノム編集は、従来とは異なる⽅法で、遺伝⼦の⼀部を変えるものです。 ごくごく簡単にいってしまうと「遺伝⼦の⼀部を変える」ことによって、⽣物の ⼀部の機能を呼び覚ます技術なのです。でも実は「遺伝⼦を変える」こと⾃体は、けっして新しいことではありません。われわれ⼈類は農耕牧畜をはじめたときからずっと「品種改良(*1) 」や「育種(*2) 」など、なんらかの形で遺伝⼦に⼿を加えて きているわけです。 たとえばいま⽇本⼈が⾷べている野菜のなかで、100%原種のものというの はほとんどありませんよね。なんらかの形で、実(⾝)を⼤きくするとか、⽢みを強くするとか、酸味をおさえるとかの品種改良がされている。実はこういった「育種」、「品種改良」と、「ゲノム編集」とはさほど変わらないものなんです。同様のことはこれまでも⾏われてきたわけなので、特別にゲノム 編集が危険というわけではないと考えています。 ただ「ゲノム編集」が特徴的なのは、「遺伝⼦が壊れる」ことを利⽤していると いうところです。「ゲノム編集」は、遺伝⼦のなかのある部分を狙って、ハサミのようなものでチョキンと切る。すると、切られてから遺伝⼦が修復されるまで の過程で、ある種のミスが⽣じる。この「ミス」を使って狙った遺伝⼦の配列を 変えていくことが、その特徴です。 つまり、遺伝⼦の配列を少し変えることにより、⽣物を変える。この本質の部分は⼤昔からしてきたことと同じで。ただ、その⼿法が異なるというだけというこ とです。
 
(※1) 品種改良…作物や家畜などの遺伝的性質を改善し,さらにすぐれた品種をつくること。たとえばイネな どの場合,わが国では明治時代以後,農業試験場などで品種改良の研究が進められ,早く実るもの,病気 に強いもの,害⾍に強いもの,寒さに強いものなど,すぐれた性質をもった品種がつくられてきた。出典はこちらです。
​(※2) "品種の育成"という意味で,⽣物のもつ遺伝的形質を利⽤して改良し、有益な品種を育成すること出典はこちらです。
⿂類ゲノム編集は、理論ではなく実践のフェーズ
こうした「ゲノム編集」は、たとえば、現在ではエイズなどの治療が困難な病気の治療にも応⽤できると考えられます。わたしがいま研究しているのも、⿂類のゲノム編集で、研究の実践がすこしずつできています。たとえば、これまでには「通常の⼆倍のスピードで成⻑するトラフグ」をつくりました。そういう意味では、もはや理論ではなくて、技術であり⼿法になってきているといっていいと思います。
反対や抵抗は、「未知」からくるもの
ただ、遺伝⼦を⼈⼯的に操作すること、編集することに対して抵抗がある⽅も多 いとおもいます。⼀⽅で、この研究を進めてゆくなかでベンチャー企業の⽅と関 わったりすることも少なくないのですが、そういった企業には遺伝⼦操作に対して積極的な姿勢でのぞまれる若い⽅もけっこういます。わたしの印象ですけど、若い世代になるほど遺伝⼦を改変することに寛容になっているんじゃないかとかんじています。ちょっと誤解を招くような⾔い⽅になるかもしれませんが、遺伝⼦に対して⼿を加えることに対する抵抗は、単純に「知らない」ことから⽣まれているんじゃないかと思っているんです。だから、きちんと説明し、少しずつ理解を得るようにすることで、徐々に浸透させて⾏くことは可能だと考えています。実際に、遺伝⼦組み換え⾷品に抵抗があるという⼈に対して「なぜ⾷べないの か?」「なにが、どのように危ないのか?」と聞いたことがあるんですが、具体的に理由を述べた⼈はいませんでした。
「安⼼」をどのように定義するか?
つまり、得体の知れないものだから怖いのだと思います。当然といえば当然ですが、未知なるものに対しては恐怖をもたざるをえない。これは無理無いことでしょう。例えば海外旅⾏にいったとき、⾒たこともない料理がでてきますよね。このような場⾯でも、けっこうな⼈は⼝にしてしまいますよね。こんな場⾯で「なぜ知らないものなのに、⾷べるのか」と尋ねると、「ここに住む⼈たちが⾷べてきているから」という答えが返ってくる。ですから、わたしたちがゲノム編集をした⿂も、マウスなどを使った検査をつうじて、慎重に「安全性」を確かめてから⾷べてもらうというように、徐々に浸透 させていきたいと考えています。 わたし⾃⾝も学部の学⽣などに対して、研究に対する理解を得るために、ほんとに基礎的なことから、たとえば「遺伝⼦の構造」から説明することが多いですよ。 すると、はじめは怖いといっていた学⽣が遺伝⼦組み換え⾷品を⾷べるように変わったりします。「未知」というハードルをなくすことによって、イメージや 姿勢が変わる可能性があることを、肌で感じています。
「天然」信奉は⽇本特有 ⽶国セレブに養殖⼈気の訳
たしかに、⾃然なものに⼿を加えること⾃体に対する抵抗というのはあると思います。特に⽇本⼈にはそうした感覚は強いように感じています。アメリカでは、養殖マグロの⽅が、天然マグロよりも⼈気だったりするんです。向こうの⽅のなかでは、養殖はセレブが⾷べるもので。「⼈間がつくったものだから安⼼できる」というのと、養殖ものを⾷べることに よって「天然ものを守っている」と⾔うことができるからのようです。特にマグ ロなんかはそうですね。ただ、こうした研究も極端に進んでしまうと恐ろしいということは⾃覚しています。⾷ということに限っていうなら、どんどんどんどん、際限なく効率よい⾷品を追求していったりすると、自然環境などに害を及ぼすようなものまでできてしまうかもしれないので。科学技術は益も害もあるもろ刃の剣であること を忘れないようにしています。 ですから、わたしもどこまでこの研究を進めていいのかは、常に⾃問⾃答しています。決して「なんでもしていい」などとはおもっていないですよ。それと、もう⼀つ⼤変に⼤事なことは、⾃分の開発したものを、絶対に⾒放したりしてはいけないとおもっていますし。何が起きるかわからない怖さは感じています。
⽬的は「役に⽴つもの」をつくること
正直なところ、この研究をはじめた当初は、そんなに崇⾼な⽬標はありませんで した。研究をはじめたころは、わりと純粋に「興味」「関⼼」に忠実でした(笑)。 ゲノム編集によって、⿂がどのように変わるのかを知りたい。そんな好奇⼼が強 かったです。ただやはり、ぼんやりとではありますが「何か役に⽴つものをつくれたらいい な」と思ってきましたし、いまも思っています。たとえばいましていることでいえば、先ほど述べたような⽣育速度が⼆倍のトラフグは、⽔産業を営まれる⽅にとってはコストの⼤幅な削減につながります。ですから、いま⾼齢化などで問題を抱えている⽇本の地⽅における⽔産業の効 率化・活発化に、ゲノム編集が寄与する可能性は⾮常に⼤きいと考えています。⿂類のゲノム編集が発達することで、いまは働き⼿が⾜りていなくて困ってい るような漁村地域で、消費者のニーズに応えられるような⿂をつくれたら。その イノベーションを機に、若い⼈も住めて、元気に働けるような村になるかもしれない。そんなことを考えています。あとは、消費者にとってという観点では、もっと⾷べたら元気になるような⿂を つくることなども⽬標にありますね。しかし、そういうところを⽬指す上でもやはりゲノム編集の研究そのものを理 解してもらう必要があります。 だからまずは、遺伝⼦を変えるということについて「知らないから怖い」という ⼈に対して説明をしていくことを通じて、遺伝⼦研究に対するハードルを下げていきたいですね。